〜こものさんぽ〜

第25号:僧兵まつり


着火前の火炎神輿

祭事の祈り

準備完了

出発
 御在所山裏道の中腹に、永禄年間(1557〜)に山岳宗教の拠点として、多くの若者を集めた天台宗三岳寺が栄えていました。時は戦国時代、下克上、群雄割拠で乱れた武家政治の横暴から寺院を守るため、三岳寺は僧兵を守りとしました。しかし攻めるは織田信長の手の者。比叡山焼き討ち同様に三岳寺も焼き討ちに合いました。多くの僧兵は天台宗の教えを守るため、山中の兵糧の欠乏に耐え、決死の勇気をもって守りましたが、織田軍の優勢にかなわず、寺と共に玉砕しました。
 寺は見る影も無く、征服者のたたりを恐れて、誰も弔うこともなく放置されました。時が移り、村人や僧兵ゆかりの人、再興を願う人々が徐々に集まり、現在の湯ノ山温泉に寺を再建し、今に至ったのです。
 「僧兵」は、平家物語に出てくる、荒くれ者のイメージがありますが、ここ三岳寺の僧兵は、修行僧として、寺を守り、果てた哀れな若者なのです。
 山岳信仰の拠点として、三岳寺が建立されたのですから、そこは厳しい戒律で修行する場です。そんな彼ら若者に、武術の技などたかが知れています。当時はゲリラ戦のような戦術はありません。
 そんな、彼らを偲んで、僧兵祭りがあるのです。火炎神輿は、戦の前の恐怖心を抑え、闘争心を鼓舞するものでしょう。火炎は降魔ですから、祈りでもあったのです。僧兵と言えども人の子、学問を志した若者人生半ばで灰燼に帰した事を思うと、私はこの火祭りにも、大きな時代潮流を感じました。そして和尚と共に、経を唱えて合掌しました。

松明着火

お神酒

鳴り物先導

細道を粛々と

風と炎

水かけろ!

一休み